それをジャーニーと言うのなら(トリプルネガティブ乳がん経過観察中)

2021年8月に乳がんの告知を受けました。サブタイプはトリプルネガティブ。突然キャンサージャーニーcancer journey が始まってしまいました。

 2021年8月4日 水曜日 

健康診断から5日後の午前中に、メディカルセンターから電話がありました。

そうですね。

もう悪い予感しかしません。

乳がん検診の結果が良くない為、すぐに紹介状を書くので取りに来て欲しいと言われました。

その日は、パートのシフトに入っていたのですが、さすがにこれはと、欠勤の連絡をし、メディカルセンターへ向かいました。

メディカルセンターでは、急遽乳腺エコーを受けることになりました。
(わたしはマンモグラフィだけを受けていました。)


その画像を見てセンター長の医師は、『やっぱり。』
と、確信したように言い、興奮した面持ちでまくしたてました。

『あなたね、すぐに乳腺外科に行きなさいよ。

これ、ここわかる?映ってるでしょう?3センチぐらいあるでしょう?これはきっと、手術しないといけないやつです。

わざわざ連絡して来てもらったのはね、忙しいって言って、放置しないで欲しかったからです。

例えばここに、《要精密検査》って赤文字で書いて結果を送ったところで、後回しにしてしまう人もいるからね。

きちんと行ってくださいよ。

芸能人で、亡くなった人がいるでしょう?

知っているでしょう?

あの方も、忙しいということを理由に、治療が遅れて残念なことになったでしょう?』

え?
はぁ?

乳がんで亡くなられた人って。

わたしが同じだと?

いま、わたし、告知されたのか?

と、口には出せず、呆然としたまま、ショックではあったものの、まだまだどこか他人事のようで、自分の話なのに、妙に客観的な自分がいました。

とにかく専門医のいる乳腺外科に行かなければならない。

隣の市にある大学病院が頭に浮かびましたが、最短で受診できることを優先して、市内の総合病院あてに紹介状を書いてもらいました。

そして夫に内容を報告しました。

でも夫も、そこまで言われても、まだまだ、がんは、自分たちとは縁のないものだと感じていたようです。

わたしも、
『心配しないで。
きっと、良性の腫瘍だよ。先生は大袈裟だよね。』

と言いました。

この時は、もう良性の可能性は限りなく低いと感じてはいましたが、あまり夫を心配させたくなかったのです。


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 2021年7月30日 金曜日

 メディカルセンターで、年に一度の健康診断でした。
(5月ごろ予約していました)

10年以上前から、可能な限り受診していましたが、今年は特に、絶対に受診しようと決めていました。

なぜなら、昨年の乳腺エコーで、左側乳腺線維腺腫、石灰化あり、要経過観察、一年後再検査と記載があり、気になっていたからです。

しかし、ここまではよくある話です。

要精密検査とあって乳腺外科を受診しても、異常がないことも多いと聞きます。

ですがわたしは、2週間ほど前に、しこりを発見していました。

ある日突然、しこりに触れたのです。

入浴後、ソファに座って、上半身のストレッチをしていた時でした。

左側乳房の外側に、確かにエンドウ豆のような塊に、指先が触れました。

『え!』

しばらく思考停止状態になりました。

ああ、でも、去年の健康診断で、良性の乳腺線維腺腫だと診断されていたよね。

わたしはどうやら、腫瘍が出来やすい体質なのだろう。

そうだ、良性に違いない。

2週間後の健康診断(マンモグラフィ)で見てもらえばいい。

わたしはまだこの時、『突然表れたしこり』や、『急に大きくなるしこり』の怖さを知りませんでした。

乳がんについては、殆ど知識がなく、(どんな病気も、特にがんは、早期発見、早期治療が第一であることは認識していました。)

がんが見つかったら抗がん剤で小さくしてから手術で取るものなのだ、といった、ざっくりとした見識しか持ち合わせていなかったのです。

著名人の罹患についても、まさか自分が、という思い込みが強く、どこか他人事だったのだと思います。

そして、昨年度はオプションで乳腺エコーを受けましたが、今年度申込んでいたのは、市の推奨のマンモグラフィでした。

担当技師さんは、とても丁寧に念入りに撮影してくれました。

とても痛かったけれど、わたしとしては、このしこりが良性だと早く証明したい、安心したいという思いで、我慢出来ました。


いま思うと、
わたしは、しこりに気付いた時点で、すぐに乳腺外科に行くべきでした。

安心したいなら、やはり健診センターではなく、即刻病院で診てもらうべきでした。

そうは言っても、やはり事前に健康診断の予約をしていたからこそ、救われたという思いです。

何だかんだと言い訳をして病院に行く勇気の無かったわたしが、健診を通じて、乳がんを発見できたのです。


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 わたし、1964年生まれ、現在57歳です。

子供たちは家を出ていますので、夫と、二羽のおかめインコと暮らしています。

(ことりすと、とサイトに名前をつけたのは、小鳥好きだからです。)

このインコたちは、これからも度々登場することになりますが、
なかなかお世話も大変なのです。

それでも、まさに家族同然の存在です。

わたしは、パートで仕事をしながら、週に3、4回の頻度でスポーツジムに通う、同世代の中ではちょっと元気な方だったかもしれません。

健康には気をつけていましたし、お酒は梅酒をグラス一杯飲む程度、喫煙はしません。

食べ物は国産にするとか、糖質は摂りすぎないようにしていて、BMIは20程度でした。

そんなわたしが
今年(2021年)8月に
乳がんの告知を受けました。



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