それをジャーニーと言うのなら(トリプルネガティブ乳がん経過観察中)

2021年8月に乳がんの告知を受けました。サブタイプはトリプルネガティブ。突然キャンサージャーニーcancer journey が始まってしまいました。

乳がん経過観察

もう2週間、まだ2週間。

日にちが経過してから現れる副作用もあると説明を受けています。

被曝してることは間違いないですしね。
何もないわけがないですね。

ところで、患部に描かれた黒い線が、まだ消えません。

もちろん、ちゃんと洗っていますが、ごしごし洗いは厳禁です。

まだまだ首もとが開いたシャツとかクルーネックは着られないです。

先日、夏物の洋服を買いに行きました。

麻のシャツを試着したところ、いろいろアレンジを加えてくれた店員さんが、2番目までボタンを開けてしまいました。(わたしは1番目だけを開けて試着していました。)

そして、ちらりと覗いたわたしの胸元を見たとき、ん!?という表情をしました。

わたしも気まずかったけれど、店員さんはもっと気まずかったでしょうね。
気を遣わせてしまってごめんなさい。

夏までには消えて欲しいところです。

すぐに消えてしまうと聞いていたのに個人差があるのかな。

消えない代わりに、肌着やタオルに色移りすることはなかったのでインクの違いかも知れません。

痛みは相変わらず、日焼けあとのような痛みと、ズキンとした痛み。

バッグのショルダー部分が当たると、痛い!あ、そうだった。わたし、こっちを切ったんだった。と思い出す日々です。
(日常的にはけっこう忘れて生活しています。)


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1月末に抗がん剤治療が終わってから、3ヶ月半になります。

4月になる頃には段々、眉毛と睫毛の存在感が戻りつつありました。

顔が濃くなってきました。

抗がん剤の副作用の脱毛は、わたしの場合、頭髪は部分的に残ったので、完全なスキンヘッドのようにはなりませんでした。

眉毛と睫毛も、ゼロにはならず、うすーく、うすーく残っていました。

でも顔全体のうぶ毛は、全く無くなっていたので、つるつるのパツンパツンの、ついでに赤ら顔(お地蔵さんみたいな)をしていました。

今月に入って、ふと鏡を見ると、
顔に色がついている、気がする。
(赤ら顔はさすがにずっと前に卒業しています)

うぶ毛が生えたせいで、何となく顔に陰影が出来たような?

そして、眉毛は、罹患前より太くなっています。

まぶたの近くにムダな毛がぴょんぴょん生えています。

睫毛も密集していて、これもまた罹患前より濃くなりました。

うぶ毛は、フェイスシェイバーで剃りました。

眉毛も整えました。

あー、生えてきたんだな、と
しみじみ…。

なんだか愛おしい。

わたしの毛母細胞。

痛めつけて悪かったね、復活してくれたのね~

また、生きていくっていうことだもんね…

と、がんにならなかったら、決して思うことがなかったようなことを思う、今のわたしです。

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トリプルネガティブ乳がんですし、(そうでなくても)がんになった原因はわからないです。

偉いお医者様にも、わからないんだから、わたしにわかるわけないです。(やさぐれているわけではありませんよ~)

それでも罹患した頃、やっぱり、がんになってしまったからには、(良くなるために)何か行動を起こしてみたいと思いました。

にんじんジュースは、抗がん剤治療中の前半には毎日飲んでいました。
でも後半は吐き気がひどかったので飲めなくなり、そのままフェードアウトしてしまいました。

牛豚などの肉類を食べないようにしました。
すると、白血球が減少して抗がん剤治療が遅れてしまいました。
きちんとバランス良く食べるようにしたら、何とか持ち直しました。

今は、食に関しては、あまり極端なことをしないことが一番良いのではないか、と思っています。

過剰に神経質にならない方がストレスが無くて健康的じゃないかと。

無理しないこと。

がんになる前のわたしは、神経質になったり、イライラしたり、卑屈になってしまうこともありました。

頑張り過ぎることもありました。

その時の自分も、紛れもなくわたし自身なのです。
だから否定はしたくないのですが、
これからはもっと、おおらかでいたいな、と思います。

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職種はコールセンターのオペレーターです。

アルバイトなので、罹患した時にさっさと辞めても良かったのですが
仕事はやっぱり続けた方がいいのかな?
と迷っていたところ、会社側も、復帰はいつでもいいですよ、と言ってくれていたので、まずは治療に専念することにして休んでいました。

放射線治療が終わりに近づいてきたころ、復帰について考えました。

仕事、出来るのだろうか。

思い出した…ストレス。

そもそも、いつ辞めるか?
と悶々としていた頃、乳がんが発覚したのでした。

わたしのような年齢で、病気になったら長期で休ませてもらえるような優しい職場です。

この仕事を失くすのは、惜しい気もしますが、当時、身体と心が蝕まれた事を思い出しました。

どうしても、今の自分が、あの場所で勤務している姿をイメージすることが出来ませんでした。

そして先日、意を決して、会社(上司)に退職したいと伝えました。

わたしの思いを理解し快諾してくれました。
有難いことに、有休消化までしてくれるとのこと。

良い会社なのです。

仕事内容はともかく、こんな良い会社にいられて良かった、と思いました。

辞めると決めて、スッキリしました。

スッキリすることが、今のわたしには必要なことのような気がしています。

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まだまだ体力が罹患前のようには戻らず、気力も今一つ。

だけど治療が終わったことで、モチベーションは上がり始めています。

何より、夫がわたしの『病み上がり』を認めないので、ぐずぐずしていられないと言いますか。

夫はわたしに、もうとっくに治っている、元どおりだよ!と言い続けるので、まあ仕方ないな、と
夫の前では弱音?を吐かず過ごしています。

夫は、とにかくわたしが、身体にせよ精神にせよ、不調だと伝染してしまうのです。(何度か書いていますが)

夫が臥せると面倒なので(笑)わたしが通常モードでいることが、わたし自身の為でもあります。

家族としての気持ちは、わかり過ぎるほどわかるので、わたしは元気でいないとね!

それに『言霊』ってあると思います。

やっぱりマイナスイメージな言葉で表現するより、プラスイメージな言葉を使う方が、気持ちは前向きになると思うし、言葉に出したようになるということもあると思っています。

夫のポジティブな言葉は、わたしのネガティブ思考を救います。

そして今さらですが、『病み上がり』より『サバイバー』と言ってみようかなと思うようになってきました。

一応、定義としては、がんと診断された、がん体験者全員が『がんサバイバー』なのだそうですね。

言葉だけは知っていましたが、何となく照れくさいような、わたしのことじゃないような気がして使えずにいた言葉でした。

『がんと向き合いながら生きる』という意味が込められているらしいのですが、向き合えてるかな?向き合おうとしている途中だけどな…

その過程にある、ってことで。

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